イジワル副社長と秘密のロマンス
感動で胸を震わせていると、突然、黒の塊がぼとりと床に落ちてきた。
無残な姿になってしまった黒ネコと目が合ったその時、目の前に立つ彼女が身を屈めた。ほっそりとした指先が、足元に落ちているハサミを掴み取る。
視線を上げ、息を飲む。津口さんが濁った瞳で私を見ている。
逃げなきゃ。本能でそう感じ取ると同時に、ハサミを持つ手が振り上げられた。
咄嗟に身体を丸め、ぎゅっと目を瞑り、歯を食いしばる……しかし、痛みに襲われることはなかった。
「いい加減にしなよ」
樹君の声がした。恐る恐る目を開ければ、津口さんの手首を樹君が掴んでいた。
ハサミは徐々に私から引き離されていくけれど、彼女の瞳とその先端はずっと私に向けられている。
恐怖から抜け出せずにいると、私の隣で白濱福社長が足を止めた。身を屈めて顔を覗きこんでくる。
「千花ちゃん、大丈夫?」
なんとか頷き返すと、彼は顔を上げて眉根を寄せる。
「あーあ。終わったね」
続けて発せられた宣告の言葉が、津口さんを我に還した。
樹君に捉えられている自分の状況。そして星森さんを引きつれ、厳しい表情で近づいてくる社長の姿を目にし、彼女は身体を震わせながら短く息を吸い込んだ。
樹君がハサミを取り上げると、津口さんはよろめきながら身体を後退させる。
口元を手で押さえ、首を横に振り、涙を流しながら、悲鳴のような叫び声を上げた。