イジワル副社長と秘密のロマンス
途端、泣きそうな顔をされた。表情がくるくる変わっていくことに、やっぱり笑ってしまう。肩を揺らしていると、千花の顔にも笑みが戻ってきた。
そっと腕を掴まれた。彼女の控えめな手の温もりに、鼓動が跳ねた。
「樹君、楽しい夏休みにしようね!」
ニコリと笑いかけてくる。
ずっと俺の心の中にあった笑顔が、今目の前にある。触れられるところに存在している。懐かしさと愛しさに胸が熱くなっていく。
「だね」
千花との最後の夏になるかもしれないのだから、特別な夏休みにしたい。
俺だけじゃなくて、彼女の心の中でも、永遠に輝き続けるような、そんな夏休みに……。
「あっ。友達がいる」
千花が呟いた。彼女の視線を辿れば、ずいぶん先の方を歩いている男女の姿が見えた。
進行方向が一緒のため、背中しか見えなかったけれど、時々見える横顔には、見覚えがあった。
「あれって確か。昔、千花に言い寄ってた男」
千花が苦笑いで肯定する。
「隣りにいるのは、樹君のことすごく気に入ってたあの女の子だよ。女の子の方とは高校も一緒なんだけどね。最近、あの二人付き合ったみたい」
その情報、正直どうでも良い。思ったことが口をついて出ようとしたけれど、俺は言いとどまった。