イジワル副社長と秘密のロマンス
トランプだったりカードゲームだったり、兄はそういった類の遊びが結構好きである。
誘えばその気にさせられる。そう考えた上で、津口はそんなことを言い出したのだと思う。
階段をのぼり切れば、すぐに津口が声をかけてくる。
「樹! 遅い!」
ため息を吐いてから、津口の向こう側に見えるレストランに向かって歩き出した。
世間は連休だからか、ホテルは人で賑わっている。今歩いている廊下も例外ではない。
「……ほんと、めんどくさい」
人と人の隙間を進みながら本音をこぼしたその時、すぐ横を歩いていた女性が勢いよく顔を上げた。
何かに驚いた。そんな感じがして、肩越しに振り返る。
女性と目が合った瞬間、足が止まった。鼓動が速くなっていく。
「樹? 誰? 知り合い?」
津口に話しかけられ、その女性は視線を伏せた。悲しそうな顔で、俺の傍を離れようとする。
「待って」
考えるよりも先に、体が動いた。俺は彼女の手をしっかりと掴んでいた。
「千花」
呼びかければ、彼女がこちらへと身体を向ける。
あの頃と何ら変わらない。少し潤んだ綺麗な瞳で、千花が俺を見ている。
目の前に、千花がいる。
やっと会えた。やっと……。
彼女から目を逸らさぬまま、掴んだ手に軽く力を込めた。
もう絶対に、俺はこの手を離さない。