イジワル副社長と秘密のロマンス
出会ったばかりの頃、少し気が弱い所はあるけれど結婚相手としては良いかもなんて、椿がしみじみとした顔で言っていたのを覚えている。
その後、ふたりは付き合いはじめ、二年前に夫婦となり、年が明けたら椿はお母さんになる。彼女のお腹には小さな命が宿っているのだ。
何気なく椿の腹部に視線を落とした時、化粧台に置かれていた彼女のバッグの中から短いメロディが聞こえてきた。
携帯を取りだした彼女は、可笑しそうに肩を竦めた。
「なかなか戻って来ないから心配してる」
「孝介先輩からメール? 身重だし、トイレに行くだけでも心配とか? もしかして扉の外で待ってたりして」
茶化しながら、冷やかしの視線を送ると、椿が顔をしかめ、首を振って否定した。
「違う違う。私じゃなくて、千花のこと。まさか逃げ出したりなんてしてないよねって」
「そ、それってもしかして」
「そう。袴田さんが心配してるみたい……あ、もしかしたら、扉の向こうで千花のこと待ち構えてるかもよ」
小さく呻き声を上げると、椿がお返しとばかりにいたずらっ子のような瞳で私を見つめ返してきた。
ハッとし、私は勢いよくトイレのすりガラスのドアを見た。
濁ったガラスの向こう側に人影がないことにホッとしつつも、釈然としない気分のままドアをジロリと睨みつけた。