イジワル副社長と秘密のロマンス
袴田さんは震える握り拳を大きく振り上げ、奇声をあげながら樹君に向かっていく。
思わず息を飲んだけれど、樹君は焦る様子もなく、その拳をさらりとかわした。
「はい」
私の目の前で足を止め、バッグを差し出してくる。
「行くよ。千花」
私がバッグを受け取ると、樹君はまた軽い足取りで階段を降り始めた。
右足が前に進もうとした時、袴田さんが「三枝さん!」と唸るように叫んだ。
怒号のような声に足が竦んでしまいまた動けなくなると、樹君が再び足を止め、ため息交じりに振り返る。
「俺についてくる? それともそのお偉いさんとこの場に残る? 千花の好きな方を選びなよ」
それだけ言って、やっぱり階段を降りていく。
私は樹君を追いかけようとし……足を止めた。
ぬいぐるみと一緒にバッグの持ち手をぎゅっと握りしめ、袴田さんと向き合った。
そして、顔を輝かせた袴田さんへ深く頭を下げた。
「ごめんなさい! さようなら!」
顔をあげると同時に、素早く身を翻し、私は階段を降りていく。
降りながらロビーを歩く彼の姿を見つけ出す。自然とスピードが上がっていく。
軽く呼吸を乱しながら樹君の後ろにつけ、スーツのジャケットの裾を引っ張った。
樹君は肩越しに私を見て、口元に笑みを浮かべた。