イジワル副社長と秘密のロマンス
「千花ともう一度、恋愛したい」
ホテルのフロントカウンターで笑顔を浮かべている女性スタッフを横目で見ながら、私は少し前を歩く樹君に声をかけた。
「どこに行くの?」
「店を変える。ここの最上階にあるバー」
言われて気づかされる。少し先にエレベーターが三基並んでいる。私たちは今そこに向かって進んでいるのだろう。
「飲みたいし、なんか食べたい」
愚痴るような、もしくは拗ねているような声で、そんな言葉が続いた。私は慌てて彼の隣に並ぶ。
「そうだよね。樹君はさっきレストランに入ったばかりだったし……出てきちゃって平気?」
今更だけど、聞いてしまった。
四人で食事をしていたのに、その途中で樹君は席を離れてしまったのだ。
男性二人は戸惑っているかもしれないし、津口可菜美に関しては間違いなく不機嫌になっているだろう。
樹君は私と視線を合わせると、ちょっぴり肩を竦めた。
「携帯の電源、しばらく落としとくから平気」
「それって、平気じゃないよね」
「俺は平気。残された男二人は今大変だろうけど」
顔を見合わせたまま、彼がなんてことない様子で言うから、私は苦笑いをするしかない。