イジワル副社長と秘密のロマンス
「ありがとう。楽しみにしてるね」
そっと、樹君の手が私の頬に触れた。視線を上げれば、すぐそこに彼の瞳が見えた。
「慌てて帰らせるお詫びは、必ず東京でするから。すぐに連絡する」
唇と唇が重なった。柔らかくて、温かな感触に、トクリと鼓動が跳ね、甘い痺れが体の中にじわりと広がっていく。
「千花」と甘く囁いて、樹君が私の額にも優しく口づけを落とした。
笑みを浮かべながら、心に満たされていく幸せを噛みしめていると、樹君が入口の方に向かって軽く手を上げた。
何気なくそちらを見て、ぎょっとしてしまった。
こちらに向かってきていたのは、40代くらいの男性だった。スーツを着ていて、鍔付きの帽子を被っていて、その格好から想像するのは、運転手である。
「樹様、お待たせいたしました」
「彼女を家まで送り届けて」
「かしこまりました」
男性は樹君へと恭しくお辞儀をし、そして私へと向き直った。
「どうぞこちらへ」
男性が店の出入り口の方へと手の平を差し向ける。私は椅子から立ちあがったものの、状況が飲み込めずにいた。
樹君を“樹様”と言ったこの男性は、まるでお抱えの運転手みたいである。