イジワル副社長と秘密のロマンス
店内にいるお客様へとすれ違いざまに会釈をしつつ、呼ばれた理由が分からないまま、私は足早にスタッフルームへと向かう。
そっと扉を押し開けると、室内の壁にかけられたホワイトボードと向き合い立つ店長の後ろ姿が見えた。子供が三人もいるとは思えないくらいほど細身である。
「店長、何か?」
室内には休憩中のスタッフも誰もいない。何を言われるのだろうという緊張感もあり、おまけに室内は静かだから、自分の鼓動をやけに大きく感じた。
店長が振り返り、ニコリと笑った。
「三枝さん、異動が決まったわよ」
「……えっ? 本当ですか?」
“AquaNext”は都内近郊だけでなく、名古屋や大阪などの都市圏にも、そして海外でもいくつか店舗を持っている。
だから、いつまでも同じ店舗で働くのではなく、時が来たら新たな店舗への異動があることくらい覚悟していたけど、このタイミングでとなると流石に動揺してしまう。
「あの……どこのお店にですか?」
都内の店舗なら全然問題ないけれど、遠く離れた地へ行くことになれば、樹君と遠距離恋愛になってしまう。
「いいえ。店舗じゃないの」
「えっ?」
「三枝さんは、本社への異動になったのよ」
「ほ、本社ですか?」