肉食系御曹司の餌食になりました
オフィススーツを脱いで、黒の袖なしロングドレスに。
襟ぐりが広く、胸の谷間がチラ見えするセクシーなデザインだ。
更衣室を出ると、鏡の前でメイクに取り掛かる。
眼鏡を外してコンタクトレンズに付け替え、マスカラに付け睫毛、ステージ映えするように口紅もチークも濃い目の色を選ぶ。
メイクには時間がかかるけれど、ヘアセットは簡単。ミルクティー色の巻き髪のウィッグを被るだけだから。
姿見に全身を映して確認し、「よし」と独り言を呟いた。
今の私は平良亜弓ではなく、ジャズシンガーのAnne。
地味な毎日の中でステージに立つときだけが輝ける、貴重な自己表出の舞台だった。
そういえば子供の頃、魔法使いの戦士に変身する少女アニメに憧れたっけ。
今はその頃の変身願望を叶えている感じ。
私であって私じゃない、Anneになることは、ゾクゾクワクワクする夢の時間なのだ。
準備を終えてシゲさん達と軽く打ち合わせをしたら、時刻は十九時十分。本日一回目のステージが始まる時間になる。
「アンちゃん、みんな、さあ楽しもうか」
最年長のシゲさんの言葉で楽屋を出てマイクの前に立つと、控えめな照明の中に常連客の顔が見えた。
生演奏を楽しみに来てくれる、ジャズ好きで人のよいお客さん達だ。