肉食系御曹司の餌食になりました
夢物語を味わって
◇◇◇
札幌の短い夏は駆け足で過ぎ、十月に入ると肌寒さを感じる。
市内にある藻岩山も赤や黄に色づき、今月の下旬には初冠雪となることだろう。
夏の間は忙しくて、目が回りそうなほどだった。
支社長と進めている企画に関しては、早急にやらねばならないことが山積みで、どれだけ一緒の時間を過ごしたことか……。
支社長室に呼ばれ、ふたりきりになることも多く、思わせ振りな言葉が心に刺さるようになってきた。
『亜弓さんの肌は綺麗ですね。
とても美味しそうで、そそられます』
『もう少し近くに寄って頂けませんか?
可愛らしい顔がよく見えるように』
心にもない褒め言葉なんて、聞き流せばいい。
肩にかけられた手は、振り払えばいい。
対処法は分かっているのに、恋に発展させたいと願う私が心のどこかにいて、困るばかり。
あの人はAnneにも言い寄る、いい加減な人なのに、グラグラ揺れるこの気持ちは結構危ない……。
九時になると事業部の朝礼が始まり、全員起立して部長の話を聞いていた。
すると視界の端をなにかがコソコソと移動するので、気持ちがそっちに逸れてしまう。
一本向こうの通路を中腰で移動しているのは、今出社してきた智恵。
遅刻とは珍しい。
余程急いできたのか、髪は少々跳ねていて、着ているオフピンクのオフィススーツも昨日と同じ服。