肉食系御曹司の餌食になりました
命じられたスケジュール通りに仕事をこなし、ファイルにまとめていつでも提出できる形にしてある。でも……。
スマホをポケットにしまい、溜息をつく。
支社長室に行きたくない。
行けばきっと迫られて、それにいちいち傷つく自分が嫌だ。
『また思わせ振りなことを』と呆れて、クールに受け流していた私はもういない。
今は彼に心を持っていかれないように、必死に堪えるのが精一杯だ。
青いファイルを手に、支社長室に行かない理由を考えていた。
呼び出しの手段が事業部の内線電話なら、行かないという選択肢は存在しないが、メールだから気づかなかった振りができる。
私が行かなければきっと、支社長が自ら事業部に取りに来ることだろう。
末端の部下として、それは申し訳ないことだけど、人目のある場所だと抱きしめられることもなく、その方が安全、安心で……。
ファイルの縁に顎を乗せて考え込んでいたら、「亜弓」と真横から小声で呼びかけられ、肩をビクつかせた。
「あ、智恵か……。なに?」
「ちょっと話がある。一緒に来て」
ここでできない話とは、プライベートな内容ということだ。
『仕事中だから昼休みにゆっくり聞くよ』と言おうとしたら、腕を引っ張られ、問答無用で廊下に連れ出された。