肉食系御曹司の餌食になりました
「遅刻を叱られたばかりでしょ?
気づかれたらまた部長に怒られるよ」
「大丈夫。部長はなんだかんだ言って私に甘いから」
確かに部長は智恵を可愛がっている。
六十近いおじさんだから、下心ではなく娘的な感情で見ているのだと思うけど。
支社長に提出するファイルを持ったままに連れてこられたのは、五階フロアの端にある給湯室。
広さは僅か二畳半ほどで、小さなシンクとカセットコンロ、造り付けの食器棚に小型冷蔵庫が入れば、人ひとり分しか空間はない。
そのひとり分のスペースに無理やりふたりで入り込み、ドアを閉めた。
途端に弾けるような笑顔を見せる智恵は、ポケットから小さな箱を取り出すと、「ジャーン!」と披露した。
指輪ケース……ということは?
「ついにプロポーズされたの?」
「うん!! 昨日の退社後に、フランス料理店に連れて行ってもらって……」
いつもは安居酒屋なのに、昨日はフランス料理店を予約したと言われて、そういうことなんじゃないかとソワソワしていたらしい。
だから驚きはなかったけれど、彼からのプロポーズを待ち焦がれていたので、『ついにやったぞ!』と智恵のテンションは最高潮に達したそうだ。