肉食系御曹司の餌食になりました
今日は平日なので、予約なしでも多分入れる。
場所が決まると、まだ一日が始まったばかりだというのに、もう退社時間が待ち遠しくなる。
今日ばかりは値段もカロリーも気にせずに、ワインで乾杯して、好きなものを好きなだけ食べて、幸せなのろけ話をたっぷり聞くことにしよう。
智恵のお陰で憂鬱な気分から解放された私は、気合を入れてファイルを握り直す。
「よし、ブラカリ・ロッソに行くのを楽しみに、今は覚悟を決めて支社長室に行ってくるかな」
やや大きな声でそう言ったとき、いきなりドアが開けられた。
ドアに背中を付け、体重の半分ほどをかけていたので、支えを失った体が後ろに傾く。
驚いて悲鳴さえ上げられない私は、転ぶことなく誰かの片腕で支えられた。
腰に回された濃紺スーツの腕を辿って顔を見上げると支社長で、なにかを企んでいそうな笑みを口元に浮かべていた。
崩された体勢を整えても、彼の腕は腰に回されたまま離そうとする気配はなく、突然ドアを開けた言い訳をされる。
「聞き慣れた可愛らしい声がしたと思ったら、やはり亜弓さんでしたか。
呼び出しに応じてもらえないので、書類を取りに来たのですが、その手に持っているのは私への提出物でしょうか?」