肉食系御曹司の餌食になりました
やめてよ、私を惑わさないで。
胸を高鳴らせるのはAnneに変身したステージ上だけでいい。
スタンダードな私は、安心安全で地味な人生を歩みたいのだから。
どこかで気持ちを立て直したくて、「お手洗いにーー」と立ち上がろうとした。
しかし足元がふらついて、シートの上に尻餅をつきバランスを崩す。
通路側に傾く体はスーツの腕によって引き戻され、気がつくと目の前にはネクタイの結び目。
彼の腕に抱かれていた。
「少々飲みすぎたようですね。あなたは注意する側の人だと思っていたのですが、それが崩れた原因はなんでしょう?
その答えが私なら、嬉しいのですが……」
カイトと付き合っていたとき、飲み過ぎずに楽しく飲みなさいと、何度注意したことか。
マスターの誕生日会でも、彼女を辞めた立場で偉そうに注意して、カイトを不機嫌にさせたことを思い出す。
そして、私が飲み過ぎを注意する側の人間だと、どうして知っているのだろう?という疑問にぶつかった。
しかし、頭は霞みがかったように思考がまとまらず、答えは導き出せそうにない。
「今日はこの辺にしておきますか。
明日はふたりで打ち合わせに出かけなければなりませんし、もう帰りましょう」
「はい」