肉食系御曹司の餌食になりました

そうだ、明日は支社長とふたりで、コラボするブライダル会社に打ち合わせに出向く予定。

明日まで酒を残すわけにいかないから、帰ったらスポーツ飲料をガブ飲みして、早く寝ないと。


ふらつく体を支えられるようにして、店を出た。

高額な会計は支社長がカード払いしてくれて、それを気にする私には、「部下に支払わせると私のプライドが傷つきますので」という効果的な言葉をくれた。

その後はタクシーに乗せられ、隣に彼も乗り込む。

運転手に対し、そらで私の住所を告げる彼に驚いたけど、ぼんやりとした意識の中で『なんでも知ってるんだね』という感想だけで流してしまう。

彼の肩にもたれかかり、車窓を眺めながらカーラジオの洋楽に耳を傾けていたら、あっという間に築五年の三階建てアパート前に到着した。


「今日はありがとうございました。お休みなさい」と挨拶してタクシーを降りると、なぜか支社長も一緒に降りて、私の腰に腕を回してきた。

この手の意味は、もしかして……。

戸惑う私に、彼は言う。


「かなりふらついてますので、家の中に入るまでを見届けさせて下さい。決して上り込んだりしませんので、ご安心を」

「上がらないんですか?」

「上がってほしいなら喜んで上がりますが、違いますよね?
そういうことは、あなたの心を手に入れるまで取っておきたいと思います」


夜の暗がりの中でも、その顔に嘘がないのが見て取れる。

この状況に付け込もうとする下心は、本当にないようだ。

二階まで支えられて階段を上り、独り暮らしの部屋の鍵を開けて中に一歩入ると、「それではまた明日、会社で」という声が後ろに聞こえた。

階段を下りる革靴の音。

濃紺のスーツの背中を見送りながら、『結構真面目なんだ』と思っていた。

私、支社長のことを誤解しているのだろうか?

いや、でもAnneにも言い寄っているのは事実だし、これも彼の作戦の内かもしれないし……。



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