肉食系御曹司の餌食になりました
振り向くと支社長で、朝に相応しい爽やかな笑顔を向けてくる。
「亜弓さん、おはようございます」
「おはようございます」
「体調はいかがですか?
昨夜あなたのご自宅を出た後、やはり朝まで側にいた方がよかったのではないかと心配していたのですが」
ギクリとして、咄嗟に周囲を見回す私。
智恵は『あ』の形に開いた口元に手を当てている。
ここは自社ビルではない総合ビルで、幸いにもエレベーターホールにいる人は、私達以外の全員が他の会社の人だった。
うちの社員に聞かれなかったことにホッとして胸をなで下ろす。
恐らくそれが分かっていて口にしたのだろうけど、万が一ということもあるので、人前でからかうのはやめてほしい。
口の端が少々吊り上っているところをみると、私を焦らせて楽しんでいる様子の彼。
やはりこの人はこういう人なのだと呆れて、「体調は悪くありません」とだけ答えて背を向けた。
「亜弓さん、今日はふたりきりの時間が長くなりそうですね」と、真後ろに囁き声がする。
「先方との打ち合わせは十四時予定です。三十分前に出発して、一時間の打ち合わせの後に戻れば、たったのニ時間です」
「二時間では終わりませんよ。打ち合わせの後には色々と。事業部のホワイトボードには、直帰と書いて下さい」
直帰って……打ち合わせの後になにかあるというの?
そんな話、聞いてないんですけど。