肉食系御曹司の餌食になりました
普段は好んで地味を貫く私。
そのイメージが崩れることは望んでいないし、会社ではこれからもずっと退屈なほどに平穏な日々を送りたいと思っていた。
私と支社長の距離は五メートルほど。
合わさった視線を逸らし、それからはもう、そっちを見ないようにする。
焦りが引かない中で歌いながら、大丈夫だと自分に言い聞かせ、落ち着こうとしていた。
一回目のステージのときに彼はいなかったから、後をつけられたのではなく偶然の来店だろう。
それなら、今歌っているAnneが地味OLの私だと気づくはずがない。
眼鏡を外して濃いめのメイクにウィッグを被り、セクシーなドレス姿。
何度か来店してくれた智恵は、正体を知っていても『亜弓に見えない』と笑って言うくらいだから、大丈夫……なはず。
なんとか気持ちを立て直した私は、その後の二曲を無難に歌い終えて、楽屋に戻ることができた。
よかったとホッとして古びたソファに座ると、隣に腰を下ろしたシゲさんが「どうした?」と心配してくれる。