肉食系御曹司の餌食になりました

運転免許を持っていない私は、自由自在に車を操る人を見るとカッコイイと感じてしまう。

なので支社長をなるべく見ないように、車窓ばかりに目を向けていた。

赤と黄色に彩られたナナカマドの街路樹は、朱色の実をたわわに実らせている。

銀杏の木も、半分ほどの葉が黄色に変わっていた。

深まる秋を感じていると、右側から声を掛けられる。


「亜弓さん、直帰と書いてきましたか?」

「いえ、十五時半帰社予定と書きました」


車窓に向いたままでそう答えた理由は、打ち合わせ後の予定を説明されていないのに、事業部の上司に直帰の理由を尋ねられても困るから。

今朝の発言は、私をからかっただけかもしれないという思いもあった。


尚も隣に顔を向けずに「本当に打ち合わせ後も仕事があるんですか?」と尋ねたら、「ありますよ」とだけ返事をくれた。

それでも具体的な説明はなく、「仕方ありませんね」と小さな溜息を漏らされる。


「後ほど、私の方から事業部に連絡を入れておきます。暗くなるまであなたを独占するという連絡を」


思わず運転席側に振り向いて「え!?」と反応したら、ハンドルを握る凛々しく整った横顔が視界に入り、心までもが反応しそうになる。

クスリと笑われ、慌てて車窓に視線を戻し、素直に直帰と書けばよかったと後悔していた。

まさか『暗くなるまで独占する』とは言わないだろうけど、支社長から連絡が入ることで変に思われないかが少々心配になった。

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