肉食系御曹司の餌食になりました
そう言えば、打ち合わせ後にも、まだなにか予定があると言われていたことを思い出す。
車は紅葉する山の方へと坂道を登っていた。
確かこの付近には動物園や野球場があったはず。
そっちの方へは行かずに信号機のない細道に進んだ車は、やがて木立の中の、赤煉瓦の外壁の二階建て民家の前で停車した。
降りるように言われて従いながらも、砂利の地面を踏みしめて首を傾げる。
「ここはどこですか?」
「ガラス工房です」
玄関ドアの横には、園辺(そのべ)という表札がついている。
よく見ればその下に『SONOBEガラス工房』と書かれた小さな木の札も掛けられていた。
今まで取引のあった業者名を頭に浮かべてみたが、私が関わった中にこのガラス工房の名前はない。
個人経営のひっそりとしたガラス工房と、うちの大手ガラスメーカーにどんな関わりがあるのか知らないけれど、「行きましょう」と促されて彼の隣を歩き出した。
すると三歩目で、砂利にパンプスのヒールが取られてバランスを崩しかける。
「あっ」と声を上げ、咄嗟に伸ばした手がスーツの腕を捕まえるよりも先に、腰と腕に彼の両手が回され支えられた。
激しい動悸を感じるのは、転びそうになったせいか、それとも彼の腕の中にいるせいか、もしくはその両方か。
恥ずかしさに顔が熱くなり、目を逸らして言い訳する。
「すみません。パンプスに砂利道は歩き難くて……」
「それは気づかずにいて、私の方こそ申し訳ありませんでした。工房への入口は建物の裏側になりますので、どうぞ私に捕まって歩いて下さい」