肉食系御曹司の餌食になりました

「ご存知の通り、私の父はアサミヤ硝子の代表取締役社長です。姉も弟も、叔父も従兄弟も、一族の大半がアサミヤ硝子に勤めています」


ご存知の通りと言われても、父親が社長という以外の麻宮一族の情報は知らなかった。

私はこの先もずっと札幌支社にいるつもりだから、本社の経営者事情に関心が薄かったわけだけど、今隣で手を握っている彼の話なら、どんな内容でも聞きたい気がする。

一度、言葉を区切った彼に、「続けて下さい」と先を促した。


「父は仕事人間で、私が物心ついたときには、ほとんど家にいませんでした。母は多趣味な人で出掛けることを好む女性です。私達、兄弟は、他人の手で育てられたようなものでした」

「他人の手?」

「幼い頃はベビーシッター。大きくなれば家政婦と家庭教師という意味です。
物質的には非常に豊かな環境にいましたが、クリスマスに欲しい物を聞かれても、なにも思い浮かばず、お金でいいと答えるような可愛げのない子供でした」


支社長の声は淡々としていて、そこに同情を求める響きは感じられない。

それならなぜ私に生い立ちを話すのだろう?と疑問に思いつつも、殺伐とした幼い彼を想像し、胸が痛くなっていた。

私の育った家庭は、とても一般的。

会社員の父とパートタイムで働く兼業主婦の母がいて、子供は年の離れた兄と私。

放任主義でも過保護でもなく、適度に叱られ適度に甘やかされて育った。

クリスマスには普通に欲しいおもちゃをねだり、家族でケーキとチキンを分け合って食べた温かい思い出がある。

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