肉食系御曹司の餌食になりました
私の右手を包む彼の手に、力が込められるのを感じていた。
彼は目を閉じて大きく息を吸い込み、長い息で吐き出すと、また静かに語り出す。
「ガラス工房は、海の見える場所がいい。波音をBGMに、世界にひとつだけの作品を作るんです。疲れたら気晴らしに海辺を散歩して……。
冬は家の前に雪だるまを作ります」
「雪だるま、ですか?」
「おかしいですか? 大きな雪だるまは、東京出身の人間にとって憧れですよ。
その頃は子供がいるかもしれないので、私の子供達と一緒に作ります。空が暗くなり、澄んだ冬空にたくさんの星が姿を現わしたらーー」
遊び疲れた親子が、やっと家に帰ってきた。
家の中は暖炉に薪が燃えて暖かく、ジャズのレコードが当たり前のようにかけられている。
キッチンにはコトコトとシチューの鍋が音を立て、おたまを手にした彼の奥さんが……。
気づけば目を閉じて彼の夢の世界に浸っていた。
雪ということは、彼の夢の舞台はこの北海道みたい。
彼の描いた暖かな家で、キッチンに立つ自分の姿を想像してしまった。
肩や頭に雪を乗せたまま『ただいま』と入ってきた彼に、私は呆れるのか、それとも笑うのか。
どんな反応をしようかと考えた直後に、ひざの上に急に重みを感じ、ハッとして目を開けた。
私の太ももを枕に、彼が横になっているのだ。
「し、支社長」
「少しだけ、夢の世界を味わわせて下さい。ほんの少しでいいから……」
まるで彼の夢物語に私が登場するかのような言動に、心の中が乱される。
まさか、本気で私を求めているの?
分からない。
彼の本心は一体どこにあるのだろう。
それが見えないうちは、必死にブレーキをかけるしかないんですけど……。