肉食系御曹司の餌食になりました
Anneは私であって、私じゃない。
亜弓の方を好きになってくれる人じゃないと無理だけど、そんな変わった男性はそうそういないから、当分恋は訪れそうにない。
ポーチから口紅を出して塗り直し、全身をチェックしてからトイレを出た。
今日は声が乗っている。ラストステージは一回目と同じように、いいものにしたい。そう思っていたら……。
廊下の角を曲がると、アルフォルトのドア横に、壁に背を預けて立っているスーツ姿の男性に気づいた。
麻宮支社長……帰ったと思ったのに、まだいたんだ。
視線が合わさってギクリとしたけれど、私だと分かるはずないと自分に言い聞かせ、素知らぬふりしてドアの取っ手に手を掛けた。
すると横から伸びる彼の手に、手首を掴まれる。
驚いて再び視線を合わせたら、支社長が真顔で言った。
「亜弓さん、ですよね?」
大きく心臓が跳ね、心の中が忙しくなる。
なぜ気づかれたのか。副業を咎められるだろうか? 社内で言いふらされたらどうしよう。口止めに応じてくれるだろうか?
しかし、焦りの中で考えを巡らせていたのはほんの二、三秒で、まだごまかせるのではないかと、急いで作り笑顔を浮かべた。
「亜弓? 私はアンです。
お客さん、人違いですよ」