肉食系御曹司の餌食になりました

彼がスーツの内ポケットから取り出したものは黒い革の名刺入れで、一枚出して裏にサラサラとペンを走らせると、それを私の手に握らせた。


「今日はこれで失礼します」


私の横を通り、地上へと繋がる階段を上っていく背中を見送りながら、どうしようと困っていた。

麻宮聖志(サトシ)。彼の名前とうちの社のロゴマークが印字された名刺の裏に、私用携帯電話と思われる番号とアドレスが書かれていた。

よく知らない女に名刺を渡すなんて……まさか、本気でAnneに惚れたんじゃないよね?

そんな疑問が湧くと同時に、顔が熱く火照るのを感じて、慌てて否定の言葉を探した。

『聴き惚れました』と言われただけで『惚れた』とは言われていない。

そう、歌だけだから、他のお客さん達となんの違いもなく、照れる必要はない。


もらってしまった名刺はもちろん連絡する気がないので、化粧ポーチに無造作にしまいこむ。

『また来ます』と言ってたよね。

正体がバレたくないから、興味を持たれるのは困るのに……。



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