肉食系御曹司の餌食になりました
肩に手が掛かり、端正な顔を斜めに傾け、彼は私の唇にキスをした。
「キャア!」という、うちの女子社員の悲鳴が聞こえたのは、気のせいではないと思う。
見物人の群れの中からはうっとりとした溜息や冷やかしの声が聞こえるし、眩しいフラッシュも浴びせられて、私の羞恥心は一気に頂点に達した。
ああ、上げられたベールを、もう一度下ろしてほしい。
こんな真っ赤な顔の私を、カメラに収めないで……。
一方、恥ずかしさは微塵もない様子の支社長は、「亜弓さん、あそこを見て下さい」と小声で囁く。
あそこというのは、最前列の長椅子に座っている智恵と、その隣の井上さんのことみたい。
私達の交際について、智恵がいくら言っても信じなかった井上さんも、目の前でキスシーンを見せられてはさすがに信じる気持ちになったようだ。
驚きを隠せない顔をして智恵になにかを問いただしていて、智恵は勝ち誇った顔で得意げに答えていた。
チラリと見た限りだけど、他の事業部の面々もやっと私達の交際に気づいて、それぞれの驚きの中にいるようだ。
周囲の状況を把握すると困り顔を彼に向け、「物凄く恥ずかしいんですけど……」と小声で文句を言ってみた。
「スポットライトを浴びることに慣れている亜弓さんが、おかしなことを言いますね」
「アルフォルトとは違いますよ。こんなに大勢の目に晒されるのは初めてですし、第一、今は歌がないですしーー」
「それなら歌いましょうか。ここからはジャズライブということで」
「は、い?」