肉食系御曹司の餌食になりました
そんな思いを『社長夫人ってキャラじゃない』という短文に集約したわけだけど、彼は空に向けて楽しそうな笑い声を上げてから、また額をくっつけて言う。
「そうですね。亜弓さんは確かに、嫉妬や見栄や利権の奪い合いなどという汚れた環境に似合いませんね。
ですが、私が東京にいる間は我慢してくれませんか? 社長になってからの我慢はきっと、数年間で済むと思いますので」
「数年?」
それはどういうことか。
まさか社長に就任した数年後に離婚しましょうという意味ではないと思うけれど。
考えても分からずに、至近距離にある彼の黒い瞳をただ覗いていたら、もったいぶるように時間を稼いでから、やっと続きを話してくれた。
「早めに後継者を育てて、後を譲ろうと考えています。弟もその頃には成長しているでしょうし、麻宮の人間以外でも私はいいと考えています。親族一同の猛反対は予想されますが……」
「それはどれくらい先の話ですか?」
「そうですね……できれば四十五歳までに退任したいものです。それ以降は北海道に戻り、自分の夢を追いかけたいと思います。もちろん、あなたと一緒に」
周囲に迷惑をかけてまで今の自分を投げ出すことのできない真面目な彼は、どうにか自分の夢と現実との折り合いを見つけられたみたい。
それは素晴らしい人生プランで、彼と私、双方にとって嬉しいことであり、ホッとしつつも、どうしてそう考えるようになったんだろう?と気になった。
ひと月ほど前に私が『ガラス職人、やればいいのに』と呟いたら、『もう遅い』とすぐに却下されたというのに。