肉食系御曹司の餌食になりました
彼は額を離すとチュッと軽くキスをして、なにかを吹っ切ったような、爽やかな笑顔を見せてくれた。
「私が変わったのは、あなたの影響ですよ。今まではこうするしかないと決めつけ諦めていたことを、どうすれば実現可能か考え直した結果です。
これからも、あなたが側にいて道を教えてくれたなら、私は迷わずに夢の扉を開けられる気がするんです」
ゆっくりと胸に彼の言葉が染み込んだら、熱いものがこみ上げて感情の制御が難しくなる。
優しく微笑むその顔がぼやけて見えにくいのは、メガネを外しているせいではなく、涙が滲んでいるせいだった。
温かく大きな手が私の頬を包み、聞き心地のよい声が私の求める未来を与えてくれようとしている。
「亜弓さん、どうか私と結婚して下さい。これからの人生を共に歩んで下さい」
ついに溢れ出した涙は、私だけじゃなく、頬を包む彼の手まで濡らしていた。
「は、い……」
ここ数年流したことのない大粒の涙が、返事をする声を震わせる。
彼の手作りのガラスの指輪は左手の薬指にはめられたままで、その手を右手で握りしめていた。
こんなふうにクシャクシャな顔をして泣くのも、私のキャラじゃないはずなのに、流れる涙をどうにも止められない。
恵まれた環境の中でなんでも器用にこなす彼が、私がいないと夢への道を迷うなんて、随分と可愛いことを言ってくれるじゃない。
私の生き方が、彼の生き方をいい方向に変えてあげたなんて、どんな褒め言葉をもらうよりも嬉しいことだ。
涙を掬うように彼は頬に口づけ、瞼に口づけ、最後にもう一度唇にもキスをくれた。
深く口づけている最中に、通りすがりのカップルの声が聞こえてきた。
「おい、アレ見てみ。俺達もする?」
「しないよバカ。丸見えじゃん」
その会話にハッと我に返り、唇を外したら、即座に体に腕を回されてきつく抱きしめられ、離れることを許してくれなかった。
冷たくなった耳に彼の唇が当たり、温かい吐息と共に愛の言葉を囁かれる。
「亜弓、この聖なる夜に誓うよ。
君を永遠に愛し続けると」
突然の呼び捨ても、敬語をやめたことも、きっと私の心をときめかせるための彼の策略なんだろう。
分かっていても高鳴る胸と、溢れそうな愛しさと幸福感。
私は彼の策にはまりっぱなしだ。
きっとこの先の長い人生でも、彼は素敵に企むことだろう。
今からそれが楽しみで、未来を想像して微笑む私。
こんな地味な私でも、彼と一緒なら、雪とガラスのこの景色のように、美しく輝ける予感がしていた。
【完】