肉食系御曹司の餌食になりました
注目されたくないので、支社長にこれ以上声をかけず、二メートルの距離を開けて付いていく。
支社長室はこのフロアの突き当たり。総務部の隣にあり、ICロックを解錠すると彼は「どうぞ」と私を先に中に通した。
初めて入る支社長室は広さ八畳ほどで、奥の窓際に整頓された執務机と整然とファイルが並ぶ書棚、手前に黒い革張りのソファーセットが置かれていた。
黒と茶でまとめられた、すっきりとシンプルな支社長室。
扉を閉めた彼に「さあ、食べましょうか」と言われて、やっと疑問が解けた。どうやら私と一緒にお昼を食べようと思い立っての行動だったのだと。
しかし、なぜ私なんかと一緒に食べたいのかという新たな疑問が湧いてくる。
真っ先に頭に浮かんだのは、一週間ほど前のアルフォルトでのこと。
手首を掴まれ、『亜弓さん、ですよね?』と聞かれた。
あの後、Anneと私は別人だということで納得してくれたはずなのに、まさかまだ疑っていて、確かめるためにふたりきりになろうとしたのでは……。