肉食系御曹司の餌食になりました
まさかという思いが彼の頭を掠め、彼女を信じる心に小さなヒビがはいる思いでいた。
タクシーの運転手に怒られそうな位置に無理やり車を停車させ、後ろから足早に亜弓に近づいていく彼。
近づくにつれて分かるのは、男の方がかなり酔っているという状況だった。
足元がふらついて真っすぐに歩けず、亜弓の肩を抱くというよりは、支えられていると言った方が適切だろう。
真後ろまで接近すると、麻宮の耳にふたりの会話がハッキリと届いた。
「井上さん、ファミレスまでもう少しですから、ちゃんと自分の足で歩いて下さい。重たいです。
私、タクシーに乗車拒否されたの初めてですよ。全くもう」
「亜弓たん、ごめ〜ん。飲みすぎらっれ。
あ、この道入ったら、ラブホら〜。ファミレスよりこっちがいいら〜」
「ここに捨てて行きますよ?
それと、下の名前で呼ばないで下さい」
その会話に麻宮は、心の中でホッと息を吐き出していた。
どうやら亜弓は貧乏くじを引かされたようだ。
事業部の社員達は、カラオケ店から出た後、それぞれの自宅の方向でグループ分けをして、タクシーに乗り合わせて帰ることにしたのだろう。
そして不運にも、亜弓はこの男、井上とふたりになってしまったということだ。
タクシーに乗車拒否されたとは、井上は気分が悪いとでも言ったのだろうか?
もう少し酔いをさましてからじゃないとタクシーに乗せてもらえないと思い、彼女は今こうして彼を支えて、ファミレスに向かっているところだと推測される。