肉食系御曹司の餌食になりました
「し、し、支社長……も、申し訳ありませんでした!」
どうやら井上の酔いは一遍に吹っ飛んだようで、気をつけの姿勢から、腰を九十度に折り曲げて深々と頭を下げている。
麻宮は一歩、彼との距離を詰めると、怒りのこもる低い声で問いかけた。
「それは、なにについての謝罪でしょうか?」
「ええと、その……」
まだ頭を上げられずにいる井上の顔は、酔っ払いの赤ら顔から一転して、青ざめていた。
きっと"クビ"という言葉が頭を掠め、怯えているのだろう。
その焦りや恐怖心が伝わっていても、麻宮は攻撃を止めることなく、静かに彼を追い詰める。
「井上さんは、私達の婚約をご存知なかったのでしょうか?」
「い、いえ、知ってます。知ってますが、ええと、その……」
「ご存知でしたか。では、その上であなたは亜弓さんをホテルに誘ったということでよろしいですか?」
パッと顔を上げた井上の顔は、青を通り越して土気色。
ついに彼はアスファルトに膝をつき、土下座で謝罪を始めた。
「さっきのは冗談なんです! すみません、すみません、二度としませんから、どうかお許しを!!」
麻宮は冷たい目で彼を見下ろすだけでなにも答えない。
亜弓は麻宮の腕を引っ張り自分の方に向かせると、「その辺にして下さい」とお願いした。
「井上さんは本気で誘ったわけじゃなく、ファミレスへの道にたまたまホテル街の入口があっただけなんです。この道を選んでしまった私も悪いので、どうか許して下さい」