肉食系御曹司の餌食になりました
飲みすぎて亜弓に面倒をみさせ、ラブホテルにと口走った上に、自身の上司であり、彼女の婚約者でもある麻宮の車に乗れるほど、井上の心臓はタフではなかった。
「ひとりで帰れますので、ご心配なく!
これで失礼させていただきます!」
井上は支社長と亜弓の双方に頭を下げると、逃げるように前方へと去って行った。
タクシーなら後ろに列をなしているが、一刻も早く、とにかくここから離れたいという思いが、遠去かる背中に見て取れる。
「井上さん、本当に大丈夫かな」と、亜弓が独り言として呟いた。
麻宮は彼女の手を取ると、来た道を引き返して、井上の姿を目で追うことをやめさせた。
「真っすぐに歩いてたから、心配ない。
今度は乗車拒否されずにタクシーにも乗れるよ」
少し歩いて車まで戻り、助手席に亜弓を乗せてから麻宮はハンドルを握った。
行き先はもちろん麻宮の自宅マンション。
それについて亜弓は反対せず、車窓を流れるネオンを見ながら、時折チラチラと運転中の彼の横顔に視線を向けていた。
車に乗ってから麻宮がなにも話さないので、怒らせたと気にしているようだ。
カーステレオからはFM放送の深夜番組が流れていて、DJのテンション高めの話し方や、ロックテイストの洋楽が場違いで気に触る。
赤信号で停車すると麻宮はカーステレオのスイッチをオフにして、それからは会話も音楽もない、気まずい空気が車内を満たした。