肉食系御曹司の餌食になりました

支社長は長い足を組み、カップ片手にじっと私を見つめている。

動揺を顔に出すほど子供じゃないと自負していたはずなのに、探るような視線から目を逸らしてしまった。


「亜弓さんなら、バラと紫露草、どちらを好みますか?」

「わ、私は……」


マズイ、動揺が声にも表れ、震えてしまう。

落ち着いてと自分に言い聞かせ、まだ熱い珈琲を無理して一気に飲むと、カップを置いて立ち上がった。


「私は花よりだんご派です。
ご馳走さまでした。これで失礼します」


これ以上ここにいると心臓が忙しくて、もう駄目だ。

片付けもせずにお財布だけを手に、逃げるように支社長室を出る。

後ろに「亜弓さん」と支社長の声がしたけれど、聞こえなかった振りをしてドアを閉め、足早に廊下を歩き出した。


受付嬢のいる四階のフロアを出て、エレベーター横の階段を上り踊り場まで来る。

ここまで離れると少し心に余裕ができ、冷静な思考力も戻ってきてくれる。

さっきは花の話が私のことだと思ってしまったけど、改めて考えてみると、それは深読みしすぎというものだ。

会話が続かないから話題提供として、花の話を出しただけかもしれない。

地味な私を美しいと思う男性はいないだろう。

もしいたとしたら、趣味の悪さを指摘してあげたいところだ。


自分の考えに納得して、不覚にも胸を高鳴らせてしまったことに呆れて溜息をついたら、あることに気づいてステップの途中で足を止めた。

「抹茶プリン、忘れてきた……」


事業部に持ち帰ってゆっくり味わおうと思っていたのに、残念。

取りに戻る気にはなれないし、支社長が代金を払ってくれたものだから損をしてないということでスッパリと諦めようか。

止めた足を前に進めて、心に思う。

なんだかどっと疲れた。

支社長に関わるとペースを乱されるからもう構わないでほしいけど、今日のアルフォルトでのステージを、彼は観に来るのだろうか……。


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