肉食系御曹司の餌食になりました


夜が深まり、ススキノの街に賑やかさが増す。

鄙びたビルの地下一階で、ホルダーネックの鮮やかな青のロングドレスを着たAnneが歌っていた。

今は三回目のラストステージで、ピアノとベース、アルトサックスとドラムの、前回とは違う四人の男性が私の歌を支えてくれていた。


支社長はやはり来店中。

一回目のステージの途中で現れて、急いで来たのか少し息が上がっているように見えた。

来るだろうと覚悟していたので、今日は驚くことはなかったが、カウンターの端で私だけをじっと見つめる彼に、幾らか歌い難さは感じていた。


なるべく支社長のいる方を見ないようにして、本日最後の曲に入る。

『ジャスト・フレンズ』千九百三十年代の名曲で、これも私の大好きな曲のひとつ。

シンバルが小さな音でリズムを刻むと、ピアノとコントラバスのベースが加わり、そこにアルトサックスが色気のある音を重ねた。

明るい曲調の前奏部分に心が弾み、楽しい気分で私は口を開いた。


ジャスト・フレンズ……この曲は軽快なメロディなのに実は失恋ソング。

恋人だったふたりが別れ、今はただの友達。

友達としての関わりが続く中で、私だけは失恋を悲しんでいるという内容の歌詞だ。

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