肉食系御曹司の餌食になりました
おばさんボーカルのしゃがれ声って……なんて言い方するのよ。
年齢を重ねた深みのあるハスキーボイスと言ってほしい。
褒められた気がしないのは、自分の声質に物足りなさを感じているせいだ。
私も歳を重ねたら、軽すぎるこの声にもっと味わいが出るのだろうか?
そうだとしたら、早く歳を取りたい気持ちにもなる。
姿見の前でミルクティー色のウィッグを外しながら、「私はルミコさんの色気のあるハスキーボイスに憧れてる」とだけ返事をした。
ルミコさんとは、アルフォルトの女性ボーカルの中で一番ステージ歴の長い、四十九歳のベテラン歌手。
この店に客としてたまに聴きに来る私だけど、ルミコさんの大人のジャズに似合うハスキーボイスを聴くたびに、羨ましいと感じていた。
私の返事にカイトは軽く笑う。
「ルミコさんのテクニックは凄いと思うけどさ、俺はアンの歌が好きだ。声が綺麗で、そういう澄んだ声を出せる個性を大事にしろよ」
鏡越しに、二メートルほど後ろに立つカイトと視線が合った。
私の声が好きだと、付き合う前はよく言われ、そのときは恋の予感に胸を高鳴らせていたことを思い出していた。
カイトがどういう人なのかを知っている今は残念ながら、同じことを言われてもときめくことはできない。
地味な亜弓であっても声は同じなのにと、非難が湧くだけだ。