肉食系御曹司の餌食になりました

いつもなら演奏後の楽屋はメンバー全員で雑談に花を咲かせる楽しい時間のはずなのに、私達に気を遣ってか、それとも巻き込まれたくないからか、他のメンバーは「お疲れさん」と、そそくさと帰ってしまった。

ジャスト・フレンズ(ただの友達)の歌詞が頭に流れる。

この歌とは男女が逆に、私達の場合、未練があるのはカイトの方なのかと思っていた。

交際期間は半年ほどで、その頃は私も彼が好きだったから、随分と悩み、別れを切り出すときには声が震えた。

でも別れた後にはホッとして心が軽くなり、かなり無理して付き合っていたことに気づかされた。

私とカイトがもう一度恋人になる日は、二度と来ないと断言できる。


「もう終わったんだよ。私達はジャスト・フレンズ。その方がお互いのためだから」

「アン……」


私は脱いだばかりのウィッグを被り直し、黒いストールを取り出して露出した肩に羽織らせると、バッグと着替えを入れた紙袋を手に楽屋を出た。

ステージの後、誰かに誘われてこの姿のままでお酒を飲むこともあるけれど、それ以外は黒髪、黒縁眼鏡にオフィススーツ姿の地味女に戻って帰ることが多い。

でも今はカイトから早く離れたくて、このままで帰ろうと思う。

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