肉食系御曹司の餌食になりました
ステージ横の楽屋のドアから出てすぐに、バーカウンターが視界に入ってハッとした。
麻宮支社長、まだいたんだ……。
彼はブランデーグラスを片手に、マスターと話をしている。
なにを話しているのか聞こえないけど、マスターの顔も支社長の横顔も、楽しそうに見えた。
危なかったと、胸を撫で下ろす。
カイトがいなかったら、うっかり亜弓の姿でこのドアを開けていたかもしれない。
いや逆に、カイトがよりを戻そうなどと言わなかったら、支社長がまだ店内にいる可能性を忘れるはずもなく、Anneの姿のままで帰ろうとしていたことだろう。
さっきまで満席に近かったのに、店内の客は半分ほどに数を減らしていた。
カウンターから離れた通路を歩く私。
「アン!」と斜め後ろのテーブル席から呼びかけられて振り向くと、顔に覚えのない男性客が手を振っていた。
常連のお客さんなら少々会話を……と思うところだが、知らない人だし、今は支社長に捕まらない内に早く店を出たいので、作り笑顔で手を振り応えて足を止めずに通路を歩いた。
しかし、今度はマスターに「アン、ちょっとこっち!」と呼ばれてしまった。
いつもならしっかり挨拶して帰るところを、今日はコッソリ出て行こうとしていたのに、呼ばれたらこのまま帰るという選択肢は選べない……。