肉食系御曹司の餌食になりました
諦めて足をカウンターに向ける。
マスターだけを見ながら「お疲れ様でした」と挨拶すると、「そこ座んな、今アンの好きなカクテル作ってるから」と言われた。
『そこ』というのは支社長の隣の椅子で、彼と関わりたくないという希望からどんどん遠ざかる成り行きに、困りながらも座るしかなかった。
シャカシャカとシェーカーを振る音が止んで数秒後、私の前にマタドールという名のカクテルが出された。
これはテキーラをパイナップルジュースとライムで割ったもので、スッキリと爽やかな味がする。
マスターのサービスだと思ってお礼を言ったら、「俺じゃなくて麻宮さんの奢りだよ」と返された。
左隣に顔を向けると、支社長が人当たりのよい笑みを浮かべた。
「やっと、こちらを見てくれましたね。
アン、私のことを覚えてますか?」
「先週も来てくれたお客さん、でしたっけ?」
「麻宮です」
「麻宮さん……カクテル、ありがとう。いただきます」
作り笑顔で会話して、グラスに口をつける。
『麻宮さん』と呼ばなければならないことに違和感を覚え、うっかり『支社長』と呼ばないように気をつけようと思っていた。