肉食系御曹司の餌食になりました

諦めて足をカウンターに向ける。

マスターだけを見ながら「お疲れ様でした」と挨拶すると、「そこ座んな、今アンの好きなカクテル作ってるから」と言われた。

『そこ』というのは支社長の隣の椅子で、彼と関わりたくないという希望からどんどん遠ざかる成り行きに、困りながらも座るしかなかった。


シャカシャカとシェーカーを振る音が止んで数秒後、私の前にマタドールという名のカクテルが出された。

これはテキーラをパイナップルジュースとライムで割ったもので、スッキリと爽やかな味がする。

マスターのサービスだと思ってお礼を言ったら、「俺じゃなくて麻宮さんの奢りだよ」と返された。

左隣に顔を向けると、支社長が人当たりのよい笑みを浮かべた。


「やっと、こちらを見てくれましたね。
アン、私のことを覚えてますか?」

「先週も来てくれたお客さん、でしたっけ?」

「麻宮です」

「麻宮さん……カクテル、ありがとう。いただきます」


作り笑顔で会話して、グラスに口をつける。

『麻宮さん』と呼ばなければならないことに違和感を覚え、うっかり『支社長』と呼ばないように気をつけようと思っていた。

< 36 / 256 >

この作品をシェア

pagetop