肉食系御曹司の餌食になりました
「いないんですか?」と、つい確認を取ってしまったら、支社長は「いません」とハッキリ頷く。
その後に彼は、大人の笑みを口元に浮かべ、切れ長のふたつの瞳に色を灯した。
「そう聞いてくれるということは、少しは期待してもいいのでしょうか?」
彼の右手が私の左手をそっと持ち上げる。
驚く私と視線を絡めたままに、彼は手の甲に口づけた。
「あなたを、私だけの歌姫にしたい」
心臓が大きく跳ねた後は、壊れそうなほどの動悸が始まる。
カイトに背中を抱きしめられたときと違い、『やめて』という言葉さえ出せず、戸惑いの中で固まるだけの私。
なんだろう、この感じ。
禁断の果実を手にしたイブが、食べてみようか、やっぱりやめようかと迷っているような、そんな危険な気分にさせられる……。
そのとき後ろに「なんだ、新しい男ができたのかよ」と呟く、低い声がした。
ハッと我に返り、慌てて手を引っ込めて振り向くと、カイトが不愉快そうな顔して立っていた。
睨むような目つきからは『彼氏がいるならハッキリ言えよ』という、非難の気持ちが汲み取れる。
誤解を解く前にカイトはチッと舌打ちして、「マスターお疲れ様でした」と挨拶してから店を出て行った。