肉食系御曹司の餌食になりました
「どこ行くのよ」と聞いても「いいから!」と問答無用で引っ張られ、着いた先は女子トイレ。
他に誰もいないことを確認すると、智恵は私の両手を握りしめて興奮気味に口を開いた。
「亜弓のさっきの話。支社長に食事に誘われてるってこと⁉︎」
「そうだけど……口だけだよ。
それに智恵も、他の女性社員もでしょ?」
「違うよ! さっきは企画を没にされた悔しさで言っちゃっただけで、私は一度も誘われたことない。亜弓だけ名前で呼ばれることは引っかかってたんだけど、いや〜盲点。まさかの亜弓とは!」
智恵は支社長が私を狙っていると言いたいみたい。
確かになぜか私だけ下の名前で呼ばれ、事業部に来るたびに声をかけられる。
『食事をご一緒に』という言葉がけも、私だけだとしたら……。
興奮中の智恵に釣られて、一瞬だけ『まさか⁉︎』と思ってしまったが、すぐにあり得ないとの結論に達した。
国内のガラスメーカーで三本の指に入る、アサミヤ硝子ホールディングス。
その御曹司で将来は社長になってもおかしくないあの人が、なにが悲しくて私なんかに手を出さなければいけないんだ。