肉食系御曹司の餌食になりました
一瞬だけ心臓が跳ねたけれど、また思わせ振りなことを言ってからかうのかと、すぐに気持ちを立て直す。
それに一時間で終わるはずがないから、「分かりました」と、冷めた気持ちでその取引を受け入れた。
カップの珈琲ふたつを手に立ち上がり、隣の席に移動する。
支社長はスーツのジャケットを脱いで背もたれにかけ、白いワイシャツの両袖を二回折り返してネクタイを緩めると、私の席に座って企画書の制作に取り掛かった。
できるわけないのに……との考えは、すぐに訂正しなければならなくなる。
キーボード上を超速で走る指には迷いがなく、マウスを華麗に操り的確な位置に表やグラフを次々と挿入していく支社長。
あっという間におよそ三分の一の五ページができあがり、思わず椅子を寄せて画面を覗き込んだ私は「すごい」と無意識に呟いていた。
その呟きは、彼の耳に届いていないみたい。
まるで獲物を狙うハンターのように、怖いくらいに真剣な目をする彼に、不覚にも見とれてしまう。
この人、こういう顔もするんだ……。
いつもと違う戦う男の顔に、心が揺れるのを感じていた。