肉食系御曹司の餌食になりました
マスターはAnneに変身する前の地味な私も知っているから、『いらっしゃい。アン、今日は客かい?』と声をかけてくるだろう。
そうなれば一貫のおしまいだ。
副業は望ましくないという社内規則により、もう店で歌えなくなるだろうし、地味OLが夜のバイトをしていたという噂が広まれば、職場に居ずらくなる。
アルフォルトだけは絶対にダメだと焦りが湧いて、慌てて断りの言葉を探した。
「ジャズには興味がないので、その店には行きません。それに飲みすぎ食べすぎで、これ以上なにも入らないので、今日はこれで失礼します」
頭を下げ、元に戻すと、焼肉屋の外灯に照らされた彼が真顔でじっと私を見ていた。
二軒目を断ったから不機嫌になったのだろうか?
そうとも取れる表情をしているが、どうやら違うようで、彼は私の失言に気づいて追求してきた。
「先程あなたは、アルフォルトを『知らない』と言いましたね。それなのに、ジャズバーであることを、なぜご存知なのですか?」
あ、しまった……。支社長は『素敵な音楽が聴けるバー』と言っただけで、ジャズとは言わなかったのに。
こんな凡ミスをするなんて、やはり私は酔っているみたい。
ここからまたAnneと私の同一人物疑惑に繋がれば一大事だ。
背中に冷や汗が流れるのを感じながら、なんとかごまかさないとと、必死に言い訳を探して口にした。