肉食系御曹司の餌食になりました
大きく息を吸い込み吐き出して、心をより一層冷やすと、体に回された腕を静かに解いた。
「私で遊ぶのはやめて下さいと、何度かお伝えしているつもりですが。約束の時間に遅れそうなので、これで失礼します」
先方とのアポイントメントの時間を口にすると、さすがに支社長もこれ以上は引き止めず、「よろしくお願いします」と、私を外に出してくれた。
こういうやり取りを、彼は楽しんでいるのだろうけど、私の心には負担を与えている。
誘いに乗らず、かわすことはできるのに、こんなに疲れるのはどうしてなのか。
それは恐らく、心のどこかで彼の本気を期待しているせいだと思う。
そんな訳ないと何度言い聞かせても、一点のシミのようにこびりついて離れない僅かな期待。
それをうまくコントロールできない私は、じぶんで思うよりも、大人じゃないのかもしれない……。
その後ひとりで大通公園の管理課に出向き、仕事を済ませて社に戻ってきたのは、ちょうど昼休みに入った時間だった。
お財布を手に寄ってきた智恵とふたりで、今日はポポスという、徒歩五分弱の場所にあるスパゲッティ屋に入る。
中は冷房が心地よく効いていて、四人がけのテーブル席に向かいあって座ると、私は午前中の疲労を溜息と一緒に吐き出した。