肉食系御曹司の餌食になりました

その後、単独でも三曲歌わせてもらい、楽しい時間は早めに過ぎていく。

誕生日を祝いに駆けつけるメンバーや常連客は夜に近づくと共にどんどん増えて、十八時になった今、店内にいるのは五十人ほど。

酔いも手伝い、煩いほどに賑やかだ。


マスターはステージに近い四人がけのテーブル席に座っていて、やっと空いた隣の席に私が座ると、目を細め、自分の黒ビールの小瓶と私のグラスを合わせて乾杯してくれた。

入場時のコスプレ衣装は脱いで、いつもの黒ベスト姿でくつろいでいるマスターは、「アン、楽しんでるかい?」と優しく笑う。


「はい、とっても。マスターの誕生日を毎年楽しみにしてるんですよ。できれば年に二、三回に増やしてもらいたい気持ちです」

「おいおい、そんなに早く歳をとらせないでくれよ」


声を上げて笑うマスターは、昨日、六十八歳になった。

常日頃、自分のことをジジイ、老いぼれと表現するけれど、そんなことはない。

いつも黒ベストをかっこよく着こなして、オールバックの髪に交じる白髪も、目尻の皺も、老いというより貫禄を感じて、頼れる素敵な男性だ。

若い頃はきっとイケメンで、さぞ女性にモテていたことだろうと思ったら、なぜか頭に支社長の顔が浮かんだ。

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