肉食系御曹司の餌食になりました
こんな楽しい時間に、なぜ思い出してしまったのか……。
今日は身内と常連客だけの集まりだから、支社長への警戒心を解いて、その存在さえも忘れ、どっぷりとジャズに溺れるつもりでいるのに。
そう思ったとき、誰かが私の真後ろで足を止める気配を感じた。
「本日はお招きありがとうございます。遅くなりまして申し訳ありません」と紳士的な言葉も聞こえ、ハッとして振り向いたら支社長が立っていた。
いつもの濃紺のスーツにネクタイを締めた姿に目を見開き、「なんで……」と私は呟いた。
彼はスタッフでもメンバーでも、常連客でもないでしょう。
店に入れる人数の関係で、お客さんは五年も十年も通ってくれている常連中の常連しか連絡していないはずなのに、二ヶ月前に初来店した支社長がなぜ招待されているのか。
マスターに視線を移すと、私を見るときと同じように、支社長のことも目尻に皺を寄せて見ていた。
「やあ、麻宮さん、来てくれたんだね。
この前のプレミアレコード、大事に聴いてるよ。やっぱりレコードは昔の息吹を感じられていいよな〜。
あのお礼が誕生日会なんて悪いけど、生ライブを楽しんでいって」
ということは……私の知らないところでマスターが欲しがっていたレアなレコードを支社長がプレゼントするという出来事があり、そのお礼に常連じゃなくても招かれたということなのか。