肉食系御曹司の餌食になりました

来店するたびにカウンターでマスターと楽しげに語らう姿を見せられ、ヒヤヒヤしていた。

あまり仲良くなられると、困ることになりそうな予感がしていたけれど、それがこういう形で当たったということなのか……。


スーツ姿の彼にマスターは「休日も仕事かい?」と聞いている。


「ええ。ここのところ業務量が増大していて、休日も出社しないと終わらない日々が続いています」

「商売繁盛。忙しいのは大いに結構じゃないか」

「そうですね。
ありがたいことだと思っています」


仕事だったと聞いて、私も出社した方がよかっただろうかと考えてしまった。

でも支社長に指示されたことはスケジュール通りにこなしているし、今日の彼の仕事内容は、私とのプロジェクトとは無関係かもしれないから……申し訳なく思う必要はないか。


支社長はマスターと話すばかりで、私には話しかけてこない。

今の内に他の席に移ろうかと思い、腰を浮かせかけたら、曲が途切れたステージ上で、メンバーのひとりがマスターを呼んだ。


「マスター、次フレディやりますよ。
トランペット吹いて下さい」


マスターはあまり上手くないから、こういう内輪の集まりだけトランペットを披露する。

呼ばれたマスターは未使用のワイングラスを彼の手に持たせると、「ここ座って。酒とつまみは適当に持ってきてな」と言い置いて、少年のような笑顔でステージに行ってしまった。

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