肉食系御曹司の餌食になりました

支社長は極自然な流れという顔をして隣に座り、「マスターがトランペット奏者とは知りませんでした。アンはもう歌ったんですか?」と話しかけてきた。


逃げ道を塞がれた気分……。

作り笑顔で心に溜息をつき、コルクの抜いてある白ワインのボトルを手に取ると、彼のワイングラスに注ぐ。


「私は四曲、歌わせてもらったので、しばらく出番は回ってこないと思います」

「それは残念。今日はアンの歌を聴くために駆けつけたのですが……違いますね、"今日も"と言うべきでした」


白ワインのグラスを持ち上げる支社長に「乾杯しましょう」と言われ、私も自分の赤ワインのグラスを手に取りカチンと合わせた。

魅惑的な笑みを浮かべて私と視線を絡め合い、今日は初っ端から色気を抑えずに攻めてくる彼。

シンガーとして評価する褒め言葉なら喜ぶところだが、この人の場合、きっと違うだろう。

今、彼の頭の中ではどうやって私を落とそうかと、企んでいそうな気がしてならない。

会社では地味OLの亜弓に迫り、ここでは華やかなAnneですか、と呆れてしまう。

この人に女性関係の噂は聞いたことがないけれど、隠れてうまく遊んでいそう。

紳士の皮を被った肉食獣。

今までどれくらいの女性を、毒牙にかけてきたことか……。

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