肉食系御曹司の餌食になりました

取り敢えず、支社長から離れたい。

どこかでカイトに事情説明と、口止めをしておかないと……。


「アン、どこ行くんだよ」

「いいから、一緒に来て」


上りのエレベーターに乗り込み、適当に九階を選んで押した。

一階で止まったエレベーターは、他の客を数人乗せて再び上昇し、私達以外を三階で降ろした。

九階に着くとカイトの手を引き、廊下を進む。

シンと静かな廊下はコンクリート剥き出しで、夏なのに寒々しい印象を与える。

このフロアに看板の明かりを灯しているのは二軒だけ。

スナック紫と、スナック幸子。

この二軒はきっと古くからの固定客がいて経営が成り立つのだろうけど、他の店は潰れてしまったようで、ドア横の吊り看板の、消された店名の名残が寂しげだった。


誰も通らない廊下を奥に進みながら、話ができる場所を探す。

廊下の角を曲がると、『誠に勝手ながら七月八日をもってーー』と閉店の知らせを貼り付けたドアを見つけた。

それは昨日の日付で、吊り看板にはまだ店名が残されたまま、明かりだけが消されていた。


ワインバーか……。

閉店したということは、恐らく日中に店を片付けていたことだろう。

うっかり鍵を閉め忘れたりしていないよね?

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