たったひとつの恋をください




下準備が終わって、次は生地を焼く作業。


もう焼き終わっているグループも多く、あちこちからバターの濃厚な匂いが漂ってくる。


フルーツやクリームの甘い匂い、楽しげなお喋り、みんなの笑顔。


そんな、和やかな風景の中。



ーードサッ。



何かが床に落ちる音が聴こえた。考える間もなく、「キャアッ!?」と誰かのかん高い叫び声が響き渡る。


「えっ、なになに?」


「火事とかやめてよー」


途端に室内がざわめき出す。そう言えば、少し焦げ臭い……?


何が起こったのかわからないまま、ざわざわと一箇所に群がる生徒たち。慌てて誰かを呼びに行く家庭科の先生。



その中心にいたのはーー


床に倒れている、琴里だった。



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