たったひとつの恋をください
あの優しい手を、掴んでみようとも思った。
そうすれば楽になれるんじゃないかって。こんなに苦しくなることもなくなるんじゃないかって。
太一はきっと、付き合えば大切にしてくれるし、一緒にいる時間は笑ってばっかりで、楽しそうだなって思う。
でも、それは私だけが楽になる方法で。
いつかきっと、彼を傷つけてしまう。あんなにまっすぐな気持ちに、中途半端な気持ちで応えちゃいけないって、そう思ったんだ。
「そっかあ。なら、しょうがないね」
琴里は箒の枝の上に両手を組んで、小さく息を吐きながら、少し残念そうに言った。
なんで断ったのか。絶対訊かれると思って構えていたけれど、最後までその質問が飛んでくることはなかった。
気を遣ってくれたのかもしれないし、理由なんて、興味はなかったのかもしれないけれど。
私は密かにホッと胸を撫で下ろした。
嘘を一つ重ねるたび、心が痛む。ギシギシと軋む音を立てて、そのうちいつか、あっけなく割れてしまいそうなほどに。