たったひとつの恋をください
アパートの前に、お母さんの姿が見えた。
何かをぶつぶつ言いながら、入口の前でウロウロ歩きまわっている。知らない人が見たら、普通に不審者だ。
「お母さん」
自分の声が、そんなに大きいわけでもないのに、やけに響いた。じゃり、と駐車場の小石を踏む。
「七瀬……っ!」
ようやく気づいたお母さんが、私を見ていっぱいに目を見開く。
「もう、どこ行ってたのよ……!?」
ガッと、肩を強く掴まれた。
怒られる、と思って、とっさに目を瞑った。
だけど、聞こえてきたのは、予想していた怒鳴り声とはかけ離れていて。
「よかった……っ!」
冷たい空気の中で震える、泣きそうな声。
ぎゅうっと力いっぱい抱きしめられた肩は、少し苦しいけど、すごく安心した。