たったひとつの恋をください




アパートの前に、お母さんの姿が見えた。


何かをぶつぶつ言いながら、入口の前でウロウロ歩きまわっている。知らない人が見たら、普通に不審者だ。


「お母さん」


自分の声が、そんなに大きいわけでもないのに、やけに響いた。じゃり、と駐車場の小石を踏む。


「七瀬……っ!」


ようやく気づいたお母さんが、私を見ていっぱいに目を見開く。


「もう、どこ行ってたのよ……!?」


ガッと、肩を強く掴まれた。


怒られる、と思って、とっさに目を瞑った。


だけど、聞こえてきたのは、予想していた怒鳴り声とはかけ離れていて。



「よかった……っ!」



冷たい空気の中で震える、泣きそうな声。


ぎゅうっと力いっぱい抱きしめられた肩は、少し苦しいけど、すごく安心した。



< 265 / 377 >

この作品をシェア

pagetop