たったひとつの恋をください





蓮はもう止めなかった。


私はもう振り向かなかった。


まだだ、と顔を上に向ける。ここで泣くわけにはいかない。これは、悲しい別れなんかじゃない。


病院を出たら思いっきり走って、ひと気のないところまで行こう。泣く場所なんてどこだっていい。


ここじゃなければ、どこだって。



リノリウムの静かな廊下に、自分の足音だけが大げさに響き渡る。


色んな薬品の匂い、たくさんの扉の横を、脇目も振らずに通り過ぎる。



ーーもう、私がここに来ることはない。



正門を出て、五歩進んでから、私は走り出した。角を曲がって、病院が遠くになっても、止まらずに走り続けた。



走るうちに、熱いものが頬を伝っていくのがわかった。


悲しい涙じゃない。後悔だってない。これは、今まで抱えていたたくさんの思い出や、溜めてきた気持ち。


めいいっぱい流して、そして前に進もう。




さよなら、私の大好きなひと。









< 351 / 377 >

この作品をシェア

pagetop