たったひとつの恋をください
蓮はもう止めなかった。
私はもう振り向かなかった。
まだだ、と顔を上に向ける。ここで泣くわけにはいかない。これは、悲しい別れなんかじゃない。
病院を出たら思いっきり走って、ひと気のないところまで行こう。泣く場所なんてどこだっていい。
ここじゃなければ、どこだって。
リノリウムの静かな廊下に、自分の足音だけが大げさに響き渡る。
色んな薬品の匂い、たくさんの扉の横を、脇目も振らずに通り過ぎる。
ーーもう、私がここに来ることはない。
正門を出て、五歩進んでから、私は走り出した。角を曲がって、病院が遠くになっても、止まらずに走り続けた。
走るうちに、熱いものが頬を伝っていくのがわかった。
悲しい涙じゃない。後悔だってない。これは、今まで抱えていたたくさんの思い出や、溜めてきた気持ち。
めいいっぱい流して、そして前に進もう。
さよなら、私の大好きなひと。